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 マウント・イワヤに住みついて飛んでいると季節の変化は、頬にあたる風の温度で微妙に感じとることができる。あれだけ暑かった夏も、9月に入ると時々冷たい北の風が頬にあたり、風向きも太平洋からの南風と日本海からの北風が上空で交差する。山頂で風待ちしていると夏の風と秋の風が入り乱れ、木の葉を舞い踊らせながら、季節の交代のセレモニーをやっているようだ。

 こんな時は飛ぶ気もおこらず、パラグライダーをマクラに空を眺めている。秋を感じる高層雲と、夏を惜しむかのような湿っぽい積雲が南から北へ流れていく。シューズの底から暑かった真夏のレッスン。台風であまりできなかったスクールなどなど、頭の中にちぎれ雲のように湧いては消える。上空が、にわかに騒がしくなる。一羽のカラスが、小さなすごく速く飛行する鳥に追いかけられている。寝ぼけた頭で「ツバメが追いかけているのか」と思いつつ見ているうち、「ツバメがカラスを?そんなわけがない。何だろうか、あの鳥は?」。目を凝らして見ると、それは多分ハヤブサだ!スピードとターンの切れ、リズム、タイミング、バランスなど、それはトンビの比ではない。カラスを標的に、上空から翼を縮めて急降下をしてきて、カラスの前で翼を広げてのハイバンクターン。そして急上昇。思わずループをやってくれるのではないかと期待させるほどの見事な飛行に、しばし見とれてしまった。こんな山奥の空で、人知れず飛行術を磨いているハヤブサがいるのかもしれない、と想像してしまう。飛行術を磨いていくのは僕らのテーマであり、特にループはぜひやってみたい技の一つだ。

 僕らがハンググライダーを始めた頃の機体は、ゲイラカイトを大きくしたようなもので、ループをするなんて想像すらできなかった。ループをやるにはスピードがいる。当時のハングは、今のパラ並みのスピードでフワフワ飛んでいたので、物理的に不可能であろうと頭から否定していた。1976年、第1回ハンググライダー世界選手権大会がオーストリアのコッセンで開催された時、その常識をひっくり返す事が起きた。リフトに乗ってテイクオフへ向かっている時のこと。上空でバタバタと音がするので見上げてみると、機体がひっくり返って飛行しているのである。さらに驚いたことに、パイロットはコントロールバーに逆立ちになっている。ループ(後ろ宙返り)を極めた奴が出現したのだ。それは今のハングのようにスピードに乗った切れの良いループではなかったが、世界にはすごいヤツが存在するものだと感心させられた出来事であった。どんな仕掛けでループをしているのかと、グライダーを見物にいったら奇想天外なアイデアがそこにあった。ベースバーに足を固定するプレートとベルトが付いている。足の力でループに必要なスピードとパワーをつけていたのだった。不可能と思われていた技に、知恵と勇気で取り組み、完成させたスイス人パイロットに出会い、感動したものだった。誰しもがパラグライダーではループは無理であろうと思っていたはずだが、そのうち、あのスイス人パイロットのような人物が出現してやっているのではないかと、ボクはひそかに期待をしていた。秋めいた9月のある日、あの、アンドレ・ブッヒャーがイーデル・レーサー21でルーピングに成功したとニュースが入ってきた。

 アンドレ・ブッヒャーと初めて出会ったのは3年前の夏、このマウント・イワヤであった。当時の彼は、世界チャンプであったし、コメット社からUP社へと移籍し、そのデモでやってきた。後ろ向きのままのテイクオフ、弱いサーマルを拾ってのあざやかなトップラン。さすがの実力を見せてくれた。別れ際に置いていってくれたのが、TIME OUTのオリジナルVTRだった。バレーボールの選手だったという異常に長い手足を巧みに動かして行うピッチングは、天性のものを感じたし、過激とも思える機体の潰しと回復操作は、並外れた練習量と運動能力が伝わってくる。夢中で何度も見てしまった。次に会ったのが、その数ヶ月後の阿蘇のテイジンカップだった。その時は、すでにイーデル社に移籍していた。阿蘇のテイジンカップは、ボクとしては思い出に残る大会であった。大会当日、ひそかに狙っていた草千里のサーマルを単独でヒット、次のゴールの大観峰めがけてトップで走った。結果、ブッヒャーさんが優勝したが、「TAKのおかげで勝てたんだよ」とうれしいお世辞を言ってくれる心やさしいチャンプだった。ボクの着ていたトレーナーを記念にくれと言うので、脱いであげたら、腕が異常に長いのでTシャツのようになってしまった。パラグライダーでのループ。今まで不可能とされていたことが、また一つ実現され、パラワールドが広がった。ブッヒャーさん、おめでとう!

(月刊パラワールド92年12月号より転載)

ブッヒャーさんと
パラグライダー世界初のループをしたブッヒャーさん。 左にTAKさん(著者)。ご機嫌のご様子??

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