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 その日は、17才の息子と岩屋山のテイクオフへ向かった。タックの息子なので、誰いうともなくコタックと呼ばれている。週末ともなると大阪から50ccのトライアルバイクに乗って、ポロポロポロ…と4時間かけてやってくる。ガソリン代は400円と安い。ここ岩屋山に毎日のように飛びにくる加藤文博さんに憧れているコタックは、加藤さんの知人にもらった50ccのトライアルバイクで、岩屋山の登山道をエンジンから煙を吐きながら登りきり、その足で、すぐに北風の強風の中をパラで飛びだし、前進できなくなり、機体を潰しながら何とか無事ランディングしたというヤバイ経験を1年前にやっている。

 岩屋山のテイクオフに着くと、佐川大輔君とパラメーカーAGKのスタッフの方、セールメーカーのユニチカの方、カラオケの第一興商の方々らが、パラのテスト飛行に東京からやって来ていた。

 ボクと佐川君との初めての出会いは、3年前、彼が神鍋のパラの大会に来た時だった。当時、僕はキャンプをしながらパラを続けていた。そんな時、コッヘルの中を覗きこむと夕飯を作っているのか、ワラビを煮ている。思わず「これが夕めし?」と聞いたら、「そう!」と言う。大会の風待ちの間、山を歩いて採ってきたらしい。「いつもこんなスタイルでパラの大会へ行ってますよ」とあっけらかん。僕は、久々に手ごたえのあるヤツに出会ったとうれしくなり、肉と缶ビールを買ってきて、焼き肉パーティーが始まった。

 翌日の夕方、レッスンをしていたボクのところへ走って来て「優勝したわ!」と一声かけて、車で走り去った。その佐川君が、カラオケの第一興商と組んでパラグライダーの仕事を始めるというので、機体のテスト会場に、この岩屋山を選んでくれたのだ。

 ボクは久方ぶりに会う佐川君に、とんで歌えるプロになるのかとジョークを飛ばす。3年前、山菜を食べながらも、がんばって飛んでいた彼が、今日、大手メーカーを引き連れて岩屋山へやって来た。同じパラグライダー界の夢追い人の一人として、佐川君にエールを送りたい。

 佐川君のグループがテスト飛行の準備をしている間、ボクとコタックはフライトの準備に入る。機体はどちらもファルホークのアトール100。昨年から気に入ってこればっかり。スポーツタイプの中級機だけれど、飛びでは負けたことはない。今日までは!

 西風が8m/sの少しきつめのコンディションの中を、ボクが飛び出す。リッジソアリングで100m、200mと高度を上げていくが、時々強いブローが入ってきて、機体をゆさぶる。300mほど上昇した時、コタックがテイクオフ。しきりに上を飛ぶボクをマークして上昇してくる。何度か乱気流にがさがさと機体をゆすられるたび、こんな怖い目をさせたくない親心かなんか知らないが、本気で上昇し続けるコタックへ、「もうそれ以上、上がってくるな!」と、心の中で叫びたくなる。『そうだ!ボクが山を離れたら上昇をあきらめて後をついてくるだろう』と思い、山を離れて、町はずれにあるハングのランディング場へと向かう。ランディングして、ふと岩屋山上空を見ると、1機だけ、ずば抜けた高度でキーンと遥か上空を飛行している機体があった。それはきっとAGKのテストグループであり、コタックはすでにランディングしたものと思い、事務所に戻った。

 しかし、もう一度双眼鏡で見ると、それはまさしくコタックだった。河原にランディングしてきての一声が、「1200mまで上がったわ。もううれしくて顔がニタニタしてくるんや。な!そうやろう」。僕は400mも負けた上、一番ショックだったのは、こちらが恐怖で引きつっている時、うれしくて顔がニタニタしてくるというレベルだ。オリンピックのジャンプ競技でも、十代が大活躍した。空を飛ぶという感性は、若い方が良いのかもしれない。目に見えない気流をフレックスに捕らえる感覚と、ほとんどからっぽの引き出しがいっぱいつまった感性というボックスを持った十代。十代が活躍するパラグライダーが見えてきた。

 …ということで思わず話が飛びますが、3ヶ月のキャットが飛びそこなったお話に移ります。写真を順番に見ていって下さい。

 「お前、飛びたいのか?」とラリーに抱かれた黒ネコ、ポンちゃん。それならジャンプの練習よ、と飼い主のマキちゃん。これですっかり飛ぶ気になったポンちゃん。今、飛び出そうとしているタックの翼の上に乗った。何も知らないタックが、いきなりライズアップ。『ギャオー!』と奇声を発して、ふりおとされていくぽんちゃん。見てやって下さい。恐怖のあまり、硬直した手足、ピーンと伸ばしたシッポ。なぜか指先までが広がっています。思わず、空に爪を立てようとしたのでしょうか。わかるなぁ、その気持ち。タックが飛んでいった後、よほど恐かったのか、ハングのランチャー台の下からしばらく出てこなかったそうです。

 ラリーさんが岩屋山に来てくれた時、偶然、ロールアウトの加藤文博さんが取り続けていた写真の中で見つけたお話でした。ネコまで飛びたがるパラグライダー?本当におもしろいですね。

(月刊パラワールド92年6月号より転載)

ラリー・チュード
ラリー・チュードと著者
ねこ
恐怖のあまり、硬直した手足(右上はアップ)
ラリー・チュード2
ラリー・チュードと著者

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