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 言い尽くされた言葉だが、鳥のように自由に大空を飛ぶスカイスポーツ。日本人で一番鳥に近いヤツといえば、スカイダイビングのユキさんこと、藤原誠之であろう。なにせアメリカパラシュート協会から、24時間賞をもらっている男だ。彼が体一つで空中に浮遊していた時間をたしてゆくと、すでに24時間を越えていることになる。パラグライディングしている時、乱気流で激しく潰され「ヒェー!」と落下していっても、たかだか数十秒間、ないしは数秒なのに、24時間のフリーフォールとなると気が遠くなる。さらに彼はトラッキングといって、体一つでいかに滑空するかを極めるため、何百回もトライし、ついには飛行場の滑走路のはじからはじまで、滑空距離を延ばしてしまった。高低差3千メートル、距離2千メートル。かなりの滑空比である。

 そのユキさんとの出会いは、もう十年以上も前のことになる。当時の彼ぐらい壮絶な努力をしたスポーツマンもウーマンにも出会ったことがない。その頃のユキさんは、半年は京都でタクシードライバー、あとの半年はアメリカでジャンプといった生活だった。大阪に住んでいたボクの所に、ブラリと予告もなしに現れる。いつも決まってビール1本とハイライト2箱をビニール袋にぶら下げてやってくるので、『何んや?』と聞くと、『おまえには、迷惑かけんけ!』と高知ナマリで呟いた。ほとんどインスタント食品で切り詰めながらお金を作っている彼にとって、それはひさびさのゼイタクだったのかもしれなかった。伸び放題の髪と、ギラギラした野性的な目つきは、一歩間違えばアブナイヤツと思われても仕方ないぐらいの風貌であった。しかし目を輝かせて、高知ナマリで話してくれるスカイダイビングの世界の話は、日本のスカイスポーツ界の坂本龍馬のようでおもしろかった。坂本龍馬のように着物を着て、ウエスタンブーツを履き、腰に日本刀とピストルをさしたら似合いそうな男だ。およそ着る物とかファッションなんて、まるで興味を持たない人間と思っていたところ、『日本からジャンプしに来るヤツら、ハラジュクあたりで買ったの着てきても、キャルホルニァでは、イモじゃけん』と言ってニタッと笑う。

 パラグライダーが日本に上陸しようとしていた1986年の頃、ユキさんにはいろいろな事を教えてもらった。彼に教えてもらったパラグライダーのルーツとは、次のようなものであった。『アメリカで軍事用として従来のオワンをふせたような形をした落下傘を、なんとか滑空させることが出来ないだろうかと研究しているうちに生まれたのが、現在のパラグライダーの原形である。スクエア(四角形の翼形)パラシュート。そのパテントのほとんどがアメリカはニュージャージー州にあるパラフライト社が持っている。軍事用では、空挺部隊が酸素ボンベをつけて一万メートル上空から、スクエアパラシュートで、レーダーに映ることなく敵陣へ滑空進入出来る能力を持つ』といったユキさんの情報に、ボクは興奮した。ならばそのパラフライト社のパラグライダーを輸人すれば天下をとったようなものではないか!と。

 当時、ユキさんと輸入販売してみた。ところが「世の中そんなに甘くはない」とは良く言ったもので、すでにヨーロッパに渡ったスクエアパラシュートは、冒険と新しいもの好きのフランス人を中心に加速度的に進歩しているとはつゆ知らず、のこのこと国内大会へと出かけていった。半年でヨーロピアンパラグライダーは、ものすごい性能アップ。これこそ元祖パラグライダーと叫んでみても、上昇してゆくヨーロピアン、下降しつづけるアメリカン。なさけない。ランディングでがっくり落込んでいると、ダックスの半谷さんが『タックさん、これでは勝てんわ』と耳元でささやく。さらにまずい事に、アメリカは保険保障が厳しいので、当時まだまだ危険なスポーツだったパラグライダーをパラフライト社としては、もう生産しないということになった。

 これ以来、機体の輸入等はもうこりごりと、スクールに専念することにしたが、パラグライダーのルーツはスクエアパラシュートである事は変わりないので、相変わらず今でもユキさんにはいろいろ教えてもらっている。特にレスキューパラは命にかかわることだけに真剣だ。『いいか、レスキューパラは、かざりじゃねぇんだ。もうだめだ、オレは死にたくねぇと思ったら、すぐなげろ。かならず開く』あまりにも明解な指導なので、力を入れて聞いているとかなり拍子ぬけしてしまうが、4700回のジャンプでレスキュー開傘17回の実績は説得力があり、なんでもない言葉にナルホド!と感心させられてしまうのである。

(月刊パラワールド92年11月号より転載)

ライズアップ
新しい講習場でライズアップしている著者
元祖パラグライダー
これが、元祖パラグライダーだ!
ユキさんと
著者(左)とユキさん(右)

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