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 1992年元旦、ぼくは岩屋山テイクオフポイントでハンググライダーを組み立てていた。ここ3年間、パラグライダーに熱中するあまり、ハングの練習はおろそかになり、4年前に買ったアクシス・カリフォルニア15は新品のままでおもちゃ箱に眠っている。昨年の秋、新たにトレーニングを再開する為に乗りやすいウイルスウイングのスポーツを買った。年末にオーダーしておいたウイルスのハーネスも届きテイクオフ前にハーネスを点検していたら、ポロリとカードが出てきた。ラリー・チュードのメッセージが書いてあり、最後に『GANBATE KUDASAI』と書いてあった。1984年UPのロイ・バーガードがデザインしたコメットで、ボクは高さ、ラリーは距離で、ワールドレコードをつくった仲だった。時が流れ、そのラリーも今はウイルスウイング社の仕事をしている。現在の彼の記録は480kmであり、東京〜大阪間ぐらいを飛んだことになる。元日そうそう、ラリーのガンバッテ!に励まされ、それこそ頑張って3本も飛んだが、ゆっくりしたスピードで飛行するパラグライダーに慣れてしまった感覚は、ハングのスピードに目がついてゆけなかった。とくにランディングはこんなにも早かったかと思うほどであった。パラとハングを両立させようようと結構ハードなトレーニングを続けていた2月のある日、ラリーから、ここ岩屋山のボクのスミカに明日行っても良いかと電話が人る。石垣島の大会にインビテーションされているので立ち寄るとのことだ。ボクは久々に超鳥人ラリー君に会えるうれしさで部屋中を掃除した。

 翌朝入口に立っていたラリーは、ちょっと年をとったかなぁと思うくらいでそれはいつものラリーだった。『ハイ!タック!もうかりまっか』とラリー。『ボチ、ボチ』とタック。言ってからお互いに大笑いの再会。夜、菜食主義のラリーのためにカニすきをした。鍋をつつきながら、エべレスト飛行に行って失敗し、借金をかかえて大変苦労した話などなどその後のラリーの話を聞いた。そのラリーにボクは、『カモメのジョナサン』を書いて世界的にベストセラーをつくった、リチャード・バックに憧れていると話した。するとラリーはいとも簡単に「リチャードか。ぼくの友人だし、家も近い。本にサインをしてもらって送るよ」と約束してくれた。

 翌日ラリーは岩屋山から飛び立ち2千メートルの雲をつきぬけて上昇。世界のラリーの実力をまざまざと見せつけてくれた。ラリーは2日ほど滞在し、石垣島へと旅立っていった。それはまるで渡り鳥が洋上の船のマストで羽根を休め、どこへともなく立ち去るような出来事であった。

 そんな事はもうすっかり忘れ、週休5日パラ三昧、パラ色の人生を送っている7月、一つの小包が届いた。もしかしてと高なる期待で封を切ると、ラリーのメッセージ。そしてまさにそこには、リチャード・バックのサイン入り『かもめのジョナサン』があった。ラリーは約束を忘れていなかった。

 リチャード・バック。1936年生まれ。17才で飛行機にとりつかれ、それ以後飛行機乗りのジプシー生活をしながら、片手にペンをにぎり、空を飛ぶ感性を書き続けミリオンセラーとなった、あの『かもめのジョナサン』を書いたボクの憧れの人だった。普通のかもめがループ、アウトサイドループ、スナップループ、スピン、スローロール、ポイントロール、などなど飛行術をきわめてゆく。管理されることをひたすら嫌い、より自由に飛行する術を追求してゆく、かもめの姿。それはまさしく、リチャード・バック自身だったのかもしれないし、ボクもそれに憧れているということはボクもそうしたいと思っていることでもあり、ヒマラヤでの高高度ハング飛行も、実はその一つの表現であったのかもしれない。ボクの場合は文章ではなく、ビジュアルによっての表現であったが。

 その水曜ロードショーの中で使われた音楽が、偶然にもニール・ダイアモンドが歌っている、『映画かもめのジョナサン』のサントラ版であった。このVTRはラリーにもニールにもおくってあるので、リチャード・バックも見ているはず。R・バックが書いてくれたスケッチ。かもめの羽根がパラグライダーのウイングになっている。これが今回、R・バックからボクに送られた一つのメッセージであり、近い将来のパラグライダーを啓示しているようでもある。この原稿を書き上げてFAXしたら、すぐに岩屋山に登って今日の風に向かってTAKE OFFしよう。

 より自由な飛行術を追求した、JONATHAN LIVINGSTON SEAGULLのように!R・バックさん、ありがとう。

(月刊パラワールド92年10月号より転載)

表紙 サイン
リチャード・バックのサイン

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