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 ALWAYS HIGHER! いつでもより高く。ラリー・チュードがショップに書き残していった言葉だ。昔から誰が何の目的で言い始めたのか知らないが、“バカと煙りは高い所へのぼる”といった諺がある。ボクの名前の後に、“ク”を付ければ、「ナオタカク」(なお高く)となり、まさしくALWAYS HIGHERとなってしまう。高い所が大好きなボクとしては、この諺の見本かと永年悩んできた。それでは、煙より遥か高く昇るスカイスポーツ・パラグライダーは、いったいどうなるんだろうか。などと考えてしまう。

 ある日届いた日本山岳会会報を、ぼけーとながめていたら、今井通子さんが「『バカと煙は高い所へ登(昇)る』といわれますがそれは違うと言いたいのです。山はバカでは登れません。準備から装備の扱い、ルートの読み、なおかつあらゆる状況の自然界を楽しむとなれば、相当頭も使うでしょう。それなりの知恵や知識がひょっとしたら肉体や技術以上に必要かもしれません……。」山を空に変えてみたら、ナルホド!と感心させられ、永年ボクはバカではないかと妄想し続けてきたことも、ふっきれる思いであった。数多くの冒険家、探検家、登山家がより高い所へ挑戦し続け、すでに極地から空へ、そして宇宙まで続いていっている。

 1970年5月、世界で一番高い所から、スキーで直滑降しようとしていた三浦雄一郎プロに、登山家でもないボクがあつかましくも世界最高峰のエベレストまでのこのこついて行ってしまった。それは、桃太郎にお供するキジさんやおサルさんのような存在だった。6000m〜7000mを、高地順化しながらスキーをかついでうろついていると、よく植村直己さんと出会った。

 帽子をかぶり、タオルを頭からたらし、顔は日焼け止めのクリームで真っ白に化粧?をし、短い足で足早で歩く。お世辞にもカッコイイとは思われなかったが、植村さんは日本人として初めてエベレスト山頂に立った。今でも氷河の上ですれ違ったときのシーンを鮮明に覚えている。この話を兵庫県日高町で畳屋さんをしながらパラグライダー(アペックスMR)で飛んでいる、植村さんの甥の守君にしたら、「叔父さんが生きていたら国民栄誉賞は、もらえなかったね」と言っていた。三浦プロのエベレストスキー滑降。この計画を実行するまでの一年間は実におもしろかった。スキーの直滑降のスピードを制御するパラシュートの事で、藤倉航装へよく使い走りに行った。この会社が22年後、まさかパラグライダーを作っているとは想像すら出来なかった。

 1970年5月6日午後1時、三浦プロは、サウスコル(8000m)から、スキーの直滑降のスタートを切った。かなりのスピードが出たときに、メーンパラシュートを開き、転倒、滑落、岩に激突。落ちたら生還不可能なクレバスのわずか数10m手前で奇跡的に止まった。三浦プロの文字通り命を賭けた行為にその場に立ちすくんでしまい、このわずか7分間の出来事が、それからの自分を決定づけてしまった。転倒は失敗か成功かと報道関係者がもめていると、スタート地点のサウスコルにいた、安久一成さん(71年、マナスルに没す。)の『冒険は生きて帰ったら成功だ!』という無線の一言で決着。70年エベレストは、あまりにもリアルタイムな現場で、多くの事を学んだが、もはやスキーではこれ以上の冒険はないと判断、悶々とした一年を過ごした。

 翌年の春、アラスカのスキー場の上空に出現したハンググライダーを見た瞬間、体の中をライトニングボルトのマークが走った。それから20年間、いろいろな所をパラやらハングで飛行し、いろんな風や気流とかに出会い、それなりに熟練してきた今日近頃、ふと1970年5月6日にワープ出来たとしたら、師匠、三浦プロを完璧なまでにサポート出来るのにと想像する。

 それは、風、気流、パラシュートのことである。まず全コースに強風に強い風見を立て、パラシュートスキー滑降中、すこしでもアゲンストの風の方向を無線で知らせる。スキーの先端には、フライテックのスピードメーターのファンを取り付け、3020のアルチバリオメーターを、ウデに取り付ける。それから8000mの空気密度の中で、より沈下スピードの遅いパラシュートをフリーフライトのユキさんに作ってもらう。などなどあるわけない夢を見る。今のボクはスキーの仕事をきっぱりやめて冬でもパラグライダー一筋の毎日だけど、冬になると血がさわぎ、たまに三浦プロと滑るスキーがすごく楽しい。それにしても、SKIとSKY、良く似た文字だよね。

(月刊パラワールド93年1月号より転載)

20年前の飛行1
20年前(1972年) ボクはすでに沖縄を飛んでいた
20年前の飛行2
毎日グラフ
記事掲載の毎日グラフ1973年8月10日号

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