第4回 “危険な気流”をチェックしよう!!

積乱雲
粟鹿山の積乱雲

 パラグライダーは、とても物理的な乗り物といえます。ビギナーの方は、いい気流とレベルに応じたスロープで、きちんとした指導を受けながら練習している限り、特に危険な目に合うことはないと思っていいでしょう。ただ、この条件にある“いい気流”と“危険な気流”を見分けるのが、初心者にはむずかしい。なにせ目に見えないものなのですから。というわけで、今回は気流、特に危険な気流について説明しましょう。

 この基礎講座の第2回で「風はどうして吹くのか」について、第3回では「上昇気流と雲」について説明してきました。ちょっと復習してみると…… まず、風は冷たい空気が温かい空気へ移動するために起こる。その中でパラが主に利用する風は、平野部から山の斜面に沿って上昇して吹く“谷風”と、海から陸地に向けて吹く“海風”。これらを“横(移動)の風(気流)”と呼びます。一方、太陽エネルギーで地表が温まって発生する熱上昇気流とそれに流れ込む下降気流を“縦(移動)の風(気流)”と言います。まずは、これら“横の風(気流)”と“縦の風(気流)”の構図を頭の中にイメージしてみてください。

乱気流に飲まれたらパラは急流の木の葉同然

 さて、今回説明するのは“乱気流”。風の強い日、建物の陰に入れば風は避けられますが、それでも時折突風が入ってくる、といった経験があるでしょう。

 気流のおだやかな時は、まるで魔法の絨毯に乗ったように、地形や気流なんかに関係なく飛び回れると錯覚してしまうでしょう。私も最初のうちはそうでした。ところが、飛行中少し風が強くなり出した時、運悪く山陰や木立ち、建物の陰の風下側などに入ってしまった途端、あれだけ快適だった魔法の絨毯が、ハレホレ……と思う間もなくスピードを失速させ、まるで谷川の水にくるくる回転する木の葉のようになってしまう。ビギナーの方が山沈する多くのパターンが、この乱気流なのです。


パラウオ君
乱流のパラウオ君

 この乱気流をわかりやすく理解していただくために、パラウオ君に登場してもらいましょう。なぜなら、水の流れと気流の流れは、大変よく似ているからです。まず、これから自分が飛行する地形を観察します。そして、あなた自身がパラウオ君になったつもりで、山や木立ちや建物を、川の中の石や岩に見立てます。(イメージは100ページの図の通り。)上流から流れてきた水が、岩陰で渦を巻き、水面に落ちた木の葉をくるくる回転させる場面を想像してみてください。谷川の急流なら、渦の勢いも増すでしょう。これを地上に置き換えれば、風が強くなってきたら、乱気流もパワーアップするということ。当然、そんな時に木の葉同然のパラが、不用意に低空で山陰や尾根陰、木立ち、建物の陰などに入り込むのは危険だ、ということです。

寒冷前綿と積乱雲は命取り

 次に、縦の気流が引き起こす寒冷前線と積乱雲があります。このニつは絶対に避けなければならない気流です。まだ気象の事に通じていないビギナーの方だって、すぐにも遭遇する可能性はあるので、十分注意してください。現在は、天気予報の発達により、どこにいても的確な情報が入手できるようになったため、前もって危険をかなり予測できるようになりましたが。

 寒冷前線の落とし穴は、一次通過した後、とても穏やかな風になることです。(その後に積乱雲が控えています。)ただ、それは風神が息をとめて、お腹いっぱいに風を溜め込んでいる状態だと思っていいかな。嵐の前の静けさというか、とても不気味な時間帯です。この状態はウィンドカームと呼ばれています。くれぐれも天気予報には注意して、寒冷前線が通過する予報の時は、飛行を控えた方がいいでしょう。もしウィンドカームにつられて飛んでしまった場合、飛んでいるのにとんでもないことになってしまいます。(……。)

 そして、もう一つこわいのが、次に控えている積乱雲。これは旅客機も避けてしまう。

 ほっこりした積雲の真下には、おいしい上昇気流があり、連なった白い綿雲は、ビギナーなら誰もが憧れる空のクロスカントリーロードでしょう。その積雲が、時間の経過でエネルギーを溜め込んで大きく発達したものが積乱雲です。何がこわいって、この積乱雲というのは強烈な上昇気流と下降気流を伴っており、巨大なタコ入道が8千メートル上空でちゅーちゅー吸い上げている場面を想像してみてください。ヨーロッパやアメリカでは、パラがこの積乱雲に吸い上げられてしまった事故例が、時々耳に入ってきます。

 では、実際これら寒冷前線及び積乱雲に捕まると、一体どういう事態に陥るのでしょうか。まず、急激な上昇に伴う低酸素状態で意識を失います。そしてノーコントロール状態となったまま、下降気流と上昇気流の混ぜ合わさった乱気流の中でもみくちゃにされるのです。

私の低酵素状態体験談

 二度のヒマラヤ遠征を経験した私は、事前のテストとして、二度、滅圧室というものに入りました。(一回目は、70年のエベレストスキーの前に、立川の航空医学実験室で。二回目は、84年のカンチェンジェン飛行の時、名古屋大学の減圧室に入れられました。)私の場合、二回とも、4千メートルくらいから気分がファーンとしてきて、7千メートルで深い眠りに入ってしまいました。外部から教官がその様子を見ていたので、スタッフがすぐに酸素マスクを当ててくれました。私の方は、酸素を吸った途端、意識が戻り目も覚めましたが、驚いたのは、その様子を横では撮影していたカメラマンが、重いカメラを担いだまま、その場で意識を失って床にひっくり返ってしまったことです。

 おわかりいただけたでしようか。これが高度7千メートルの世界。登山なら、高地順化をやっていけばある程度大丈夫ですが(とはいえ、度々低酸素状態を体験すると、その都度脳細胞がかなりダメージを受けるという話なので、あまりおすすめはできません)、パラで寒冷前線あるいは積乱雲に巻き込まれた場合、すごいパワーの上昇気流で一気に低酸素状態に持っていかれるので、まず完璧に意識を失います。最近は、ビギナー用のパラも滑空性能が良くなってきているので、寒冷前線や積乱雲が近づいてくるのがわかったら、すばやくパラをたたんで休むことです。

 パラグライダーは、自然が作り出すさまざまな気流を、パラに適した気流分だけわずかに利用させてもらって楽しむスポーツなんだ、という謙虚さを忘れずに。そして、気象のことをもっと学習したいという方は、とてもわかりやすく説明されているJHF教本を、まず読んでみてください。(もちろん『パラワールド』も!!)

c o l u m n
こんなこと、あんなこと…

 4月のサーマルシーズン真只中、岩屋XCクラシックの記録会。講習場の上空には、今やクロカンに旅立とうという数多くの機体が、ほっこりした雲の下、上昇気流をつかんでぐんぐん上昇していた。講習場はサーマルブローが強くて一休み。私はスクール生を車座に座らせて、パラのお話をしていた。と、突然「こ、校長!パラがくるくる回りながら落ちてきます!!」という叫び声。びっくりして振り返り、上空を仰ぐと、早、百メートル切っている。とっさに無線で指示を与え、機体は何とか回復、無事ランディングにこぎつけた。

 原因は山陰のローターにまかれたことで、さっそく今回の乱気流講座そのまんま、パラウオ君登場させてスクール生に事態の説明を行なった。パラウオ君のみならず、先輩自身の体を張った現場を目の当たりにした直後だったため、この時ばかりはみんな納得。一方、今回の生きた教材、いつもはパラを担ぎながら肩で風を切って歩いている河内の兄ちゃん、バタやんは、すっかり肩を落として講習場へもどってきた。クロカンスタート直後のランディングに、ハーネスに取り付けた百kmのマップケースが寂しそうだった。


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