具体化してくる夢


カンチェンジュンガ
カンチェンジュンガの全景

 ヒマラヤと言えば、登山をするところと決まっていて、そこをハンググライダーで飛ぶなんて、『おまえはアホか!』と世間の目は冷めたく、ほとんど信用してもらえず苦戦する。

 そんな中で意気消沈すると、タンチョウヅルの写真がのった新聞の切り抜きを見ては、いつか俺もと気をとりもどすこともあった。

 もう一つ、この計画に信憑性のある科学的なアドバイスをしてくれた人がある。京都大学、防災研究所の井上治郎さん。彼は、ヒマラヤ上空の気象で世界的な人物で、しかも登山家でもある。この計画をおそるおそる話したところ、大変興味を持ってくれて、いろいろとアドバイスをしてくれた。彼の調査、研究によると、五月の一週間ぐらいヒマラヤ上空のジェット気流が、インドのベンガル湾の方へ移動する時期があり、この時をねらってやれば出来るだろうと言ってくれた。ジェット気流という怪獣がインドヘ散歩しに行ってる間に、サッと飛んだらいいという助言をもらった。

 井上さんは、エベレストのふもとに一年以上も生活し、毎日バルーンを上げてはヒマラヤ上空の気象を研究した人だ。このアドバイスで100人の味方をもったようにはずみがついた。そして、すこしでも多くの人に自分の計画を理解してもらうため、自分で出来る計画からやってみようと実行にうつす。1980年7月、風速15mの富士山頂から飛行。1982年8月、南半球、ニュージーランドのMt.Cookに1ヵ月間入り映画を作った。1983年5月、再び富士山頂から飛行し、映画を作った。この2つのフィルムを持って、まるでセールスマンのように計画を説明して回る。

 たまたま、友人に日本を代表する登山家の1人である重広恒夫氏がいて、彼にもこの計画を説明しているうち、彼の口から「日本山岳会創立八十周年記念事業で、日本・ネパール、カンチェンジュンガ登山隊の計画がある」ということを知った。いままで孤軍奮闘してきただけに、まるで神の言葉に聞こえた。もし実現すれば、ネパール登山史上始まって以来、初めてのハンググライダー飛行となる。

 長い間、待ちに待ったビックチャンスがきた。その時に、山岳会の長老から「山のテッペンに立って下を見た時、ここからふもとまで飛んでいけたらいいのになあと、いつも想うことだったが、君はそれが出来るのでうらやましい」と言ってもらえた事が、とってもうれしかった。

 ここで、気象庁OBで、日本グライダー協会、鳩レース協会の顧門であった、宮内駿一氏(故人)の手紙を紹介すると、

 『8,000mは空気密度3分の1に減るが、翼の揚力は速度の2乗に比例するので、速度を増せば良い。

 気象的条件は、単に頂上付近から飛ぶということなら、夏が一番おだやかなシーズンです。近頃のヒマラヤでは、モンスーンシーズンでも登山していることを見ると、夏でもハングが飛ぶことが出来る月がありそうです。しかし、この時期は雲の中に入る恐れがあります。特に雷雲の中に入ると気流は非常に悪くなります。飛び降りるだけでなく飛行距離をのばすなら、プレモンスーンとポストモンスーンの時期が良いと思います。

 ポストモンスーンに発生する上昇気流を使うとかなり遠くまで飛べると思います。この場合酸素が必要となりますのでこの分だけ重くなるので翼面積を大きくする必要がありそうです。しかし近頃無酸素で登山する人がありますので、ハングの場合は登山者程労力を使わないので、無酸素でも可能かと思われます。冬の場合、今年の2月富士山の朝霧高原から、飛んだハングが70km飛行した記録があります。強い寒気が南下して上昇気流の強い日でした。ヒマラヤの場合も冬は上昇気流が強いとみます。しかし高度が高いので飛行距離は長くなりすぎる恐れがあります。又冬は風が強いので乱流やウェーブが発生して危険な状況が多くなります。

 富士山頂付近でBOAC機が空中分解しましたが、冬を中心に初冬と早春の頃はこの種の状態が発生しやすいとみます。ハング機体の件ですが、これはメーカーの人に、おたずね下さい』 58.7.27

 この手紙をもらった後、宮内さんに会う機会があり、お礼を言うと共に今回の計画を説明すると「ただ飛ぶだけか」とがっかりした様子だ。ただ飛ぶことだけでも、命がけで大変なことと考えていた俺にとってはショックだった。この時、宮内さんの頭の中にあったことは、すでに、上昇気流をつかった長距離飛行だった。この手紙の通り6,000m以上でもすばらしい上昇気流があったし、酸素ボンベをつんで飛行したが、実際は使わず飛行が出来た。近い将来宮内さんの予言通り、ヒマラヤ超長距離飛行をするのがあらわれるだろう。

 1983年の夏、日本山岳会の理事会で承認されるとすぐ、アメリカヘ飛んだ。カリフォルニア州に本社のあるハンググライダーメーカー、UP社へ行きヒマラヤ用のグライダーのテストとトレーニングをするためだ。

 まず、グライダーは6mのパイプを3分割し、手袋をつけたままで組立ての出来るようにする。練習機2機は翼長9.5m。本番機は空気密度3分の1の所を飛ぶので、翼長11m。性能的には長距離飛行320kmのワールドレコードを出している機体。この翼のネーミングは、HIMALAYAN TAK。ヒマラヤンタック号とする。ネパールと日本の国旗を入れる。テスト及び練習する場所はサンジェゴの海岸。300mぐらいの垂直のガケをけって、飛び出すと、前は大平洋。下はヌーディストビーチ。ハダカで日光浴をしているが上昇気流が良すぎて高く舞い上がってしまうので、残念なことに見えないが、毎日同じ場所で、下を双眼鏡でのぞいているオッサンは良く見える。風のコンデションはベストで、みっちりとテストとトレーニングをやって日本に帰った。


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