TASK4 (7月9日) 大会最終日

大会も最終日になるとモチベーションはピークになる。
昨日までの6日間と、今日の一日、それで大会の結果がでる、と考えると緊張感とわくわく感が入り混じる。
ぶっちぎりで勝ちたいが、まとめる飛びもやらなければならない。
どの道、良いフィーリングで終わりたいと思っていた。

決まったタスクは、いつものリッジ往復(25km)+Nisの町北側の山を行ってNisの町にゴールするものだった。

いつものリッジの往復は、ハンスと一緒にトップでリターンできた。
サーマルにもあたったし、今日は良い感じだった。

なぜか、ハンスだけサーマルで抜けてしまいオレは少し低くなったところで離脱した。こうなると後続集団を待つ以外ない。
ハンスは単独で先行した。出し抜かれるのはいやだけど、セオリーどおり集団で、、、

ハンスは行った先で良いサーマルにあたったようだ。
集団は高度があるのに動かない。オレは先行してハンスと合流しようといったがサーマルが弱い。おかしいなぁ、ハンスたちはもっと強く上がっていたのに!
そうしているうちに、後続の集団が俺たちより300m高く入ってきてあっさり上げて行ってしまった。
困った。あげきるのに時間がかかりすぎる。チョイ上げして良いサーマルになるところまでこまを進めることにした。でないと順位は下がってしまう。
ターンポイントへ向かう高度は低いままだった。なぜか良い波に乗れない。集団はガツンと上がっていくのに。
おそらく中間層から上げちぎって抜けないといけないのだろうなぁ。
こうゆうときはどこかであげきればいいのだが、ぜんぜん見つからなかった。
ターンポイント通過後は、悲しくなるぐらい下降気流が強く、対地50mまで下がってしまった。
やっと良いサーマルにあたったときにはときすでに遅し。ゴールはしたが話にならん!がっかり。
<反省>焦りは禁物。高さ=スピードを忘れてはいけない。勝負どころはゴール手前15km〜20km。それまで我慢!
結果は、総合37位。今回はいけるでと思っていただけに自分自身残念に思う。

女子の表彰:トップはエヴァ(D) 総合:トップはクリーゲル(CH)







AVA Sportsのアンゲルさん(社長)たち
今回大変お世話になりました。













ということでセルビアのワールドカップ&ホームステイはお別れの時間になりました。
ブラータ(おじいさん)は、「いつでもこの家に来てもいいよ。自分の家のように使って、飛びに行ったり観光に行ったりしていいよ」といってくれた。みんな、家族のように接してくれた。いい人たちです。
またいつの日かここに戻ってこれればと思います。
マルコは、大人になったらサッカー選手になって日本に行きたい!と言っていました。
そのためにはまずダイエットからしないとあかんで、マルコ。 でも、日本へ必ず来るように、と言いました。

別れを惜しみながら、アンゲルさん達とブルガリアへ向けて出発した。
国境は、1時間ほどで通過できたが、AVAのロフトに着いたのが午前4時。午前10時にソフィアの空港へ向けて出発することになって、それまで仮眠をとった。
ソフィアまでは、マブダチになったミッシェルに送ってもらった。
ソフィアからロンドン(ヒースロー空港)へ飛んで、そこからイタリア(ミラノ)へ飛ぶスケジュールになっていた。
またここで問題が起きた。
ソフィアからロンドンは定刻どおり行ったが、ロンドンーミラノは4時間も飛行機が遅れる案内になっていた。
時間がたっぷりあったのでHPのリポート書きをやっていた。出発が21:00になっていたので余裕をかまして20:00にカウンターへいったら、すでにFinalCall!やばい!!20分前に宮田さんが言っていたスケジュールと違うやん!!
出発のカウンターには誰もいない。みんな搭乗してしまったようだ。急いでカウンターを通過して飛行機に向かうバスに乗ろうとするが、バスが来ない。係りのおじさんも困った顔をしている。どうにかこうにかバスに乗って飛行機に間に合った。
宮田さんが「まじ、今回やばかったぞ!ちゃんと電光掲示板みとけよ!ほら、あのスチュワーデスのおばさんめっちゃ怒ってたで!あんたの友達、どないなってるねん!て。あやまっとけよ!!」
あちゃー。
でもあんであのおばはんにあやまらなあかんねん!だいたいブリティッシュエアーの飛行機がそもそもの問題じゃないか!(怒1)

ともあれ、飛行機はミラノに午後11時に着きました。
でも僕の荷物が出てこない。パラザックは出てきたので一安心ですが、着替えとかが入ったかばんが、、、
こんなときは、ロストバッケージのカウンターへ行って滞在先の住所と電話番号を伝えればすぐに送ってくれる。
ちょっとブリティッシュエアーに文句いいたいがカウンターがなかった(怒2)
悪いことは続く。今年は散々それを思い知らされている。次に発生したのは、頼んだレンタカーがない。それはメールで伝えたと。仕方がないから明朝電話で確認することにした。
時計は午前1時を過ぎていた。2日も風呂にはいっていない。今日はホテルに泊まりたかったが、これからの経済面を考え空港のベンチで仮眠することにした。
翌朝レンタカーを借りてエリアへ行った。3年前とそんなに変わらない印象だった。

昼にブリティッシュエアーに電話をかけた。荷物は午後の便で着くからそのあとホテルへ送るということだった。
でも待てど暮らせど荷物はこない。
翌日も同じことを言っていた。ホテルのおばちゃんにも一言言ってもらうようにしたが、夕方を過ぎても荷物はこない。
すごく腹が立ったので文句を言いに空港へ向かった。
空港のカウンターで一言文句を言ったが、イタリアの女は強い。そんなことはブリティッシュエアーに言えと。このカウンターは関係ないよ面しやがったよ、くそ!(怒3)
結局この日も出てこず。
次の日に、ホテルのおばちゃんが(怒らすと怖い)オレの事情を察してか、文句の電話をかけたら午後11時にもってきた。
ほんまにブリティッシュエアーは印象が悪い。3日間も着替えなしやで。ほんま。仕方がないからTシャツとか買ったよ。
前回フランスでロストバッケージしたときは翌朝もってきた。エールフランスはしっかりしているよ。オーバーチャージには厳しいけど。

というわけで、イタリアはまたもや波乱の幕開けになりました。

つづく。


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