☆21世紀を感じた今年の秋☆ (03/11/14)


 今年の秋は今まで経験した事がないくらいのイベントラッシュでした。

 10月18日には 岩屋山スカイスポーツ運営協議会10周年記念式典が開催された。式場のランディング場 には早朝6:30から熱気球が浮遊して近所の子供達と家族の方々が空飛ぶ夢を共有した。 この夢をプレゼントしてくてたのは正一郎がワールドカップレーサーとして所属している アエロタクト半谷社長さん。延べで160名の町内の方々が熱気球に乗って楽しんだ。

 式典の後は雲一つない天晴れ秋晴れ日本晴れのしたでターゲット大会で飛行技術を競って なんと驚きだったのは2クラスともお立ち台を独占した。これは偶然ではなく完璧の着陸 を目指した場周飛行を採用して1年以上も特訓した成果だったと思います。

 

 夕方からは朝来町さのう高原に移動しての兵庫県フライヤーの懇親会。6年ぶりに戻って 来た酒作りを指導している酒導員?の井上さんが樽酒を会場にセットしてくれた。 会場には100名ほどのフライヤーが集まり、お酒は30分ほどで空になる人気でした。 平均年齢70歳のジャズバンド♪サンライズの演奏に秋の夜長を楽しんだ。

 演奏が終わり 楽器を片付けてるところにビールを差し入れして談笑した。何故か家を出る時ポケットに ハーモニカを入れてた事を思い出し、ジングルベルを吹いたらベースのおじさんが演奏を始めドラムを鳴り出した。突然セッションが始まったのだ。流石の俺もびっくり仰天 有頂天、ひるむことなく最後まで吹き続けた。地上にいるのにとんだハップニング、素敵な思い出となった。

 翌朝は親睦大会となったが北西風が強めでランディングまでの気流が悪く風を待ってる間に下の景色を眺めながらお弁当を食べた。 さのう高原の大会から5日目の金曜日、この夏アルプス700kmを飛んで歩いて縦走するクロスアルプスに開発された超軽量ハーネス2・5kgが届いた。

 早速、グライダーを リパックして計量したらなんと10kgと従来の23kgの半分以下。嬉しくなりバックを担いでスクールから山頂目指して歩き始めた。従来のバックなら重くて汗が噴出したが 今回は汗もかかずに軽がると登れる。1時間半でテイクオフまで到達、北西風で飛び出して道の駅近くの河原に着陸、リパックして意気揚揚スクールへ凱旋帰校した。

『校長凄い!』の声に満面の笑顔だった。

 翌朝、10/27舞鶴神崎エリアで開催される マヌーバートレーニングに向かった。昨日のパラハイクの疲れがでて身体が重かった。 今回のマヌーバートレーニングはアエロタクトさんが主催し参加人数は50名を超えた。 我々のスクールからは10名参加、初体験ばかりだったが初日からフラットスピンから フルストールに入れて異常飛行状態を見事リカバリーさせた。全員が講習場から育った 方々ばかりだったので校長として感動的な出来事でした。

 夜は民宿に泊まって風呂に 入ろうとしたら膝が痛い!パラハイクの無理がきた。

 夜中にテレビの音がうるさいので 目を覚ますと長野教員が早くも起きて洋画劇場を見ている信じられない光景。時計はまだ 3時半なのである。うとうとしていたら『アサレンするで』の一声に全員起床。もはや 尋常ではない。さらに膝が益々痛く平静を装って山頂へ車を運転、穏やかな海風に向って 全員飛ばして下山した。

 一人で車を運転しながら前回は山頂から15分で走り降りたら 二日目に膝の痛くなり整形外科へ。ドクターに下りは良くないよ忠告されたので登りは 良いだろうと今回チャレンジしたら又しても。何度学習したら50台の身体の正しい? 使い方が未だ判らない自分に腹が立つ。画期的な軽量ザックでパラハイクした後なので 膝を痛めた事をばれないようにビーチで大人しく皆さんの演技を見学した。

 二日後には とても大事なイベント、日本パラグライダー協会の設立総会が東京で開催される。 それまで治るのだろうか心配だった。東京出発の朝、膝の痛みはほとんどなくなった。 設立総会では初代会長を仰せつかった。これから大事なイベントの前には無茶苦茶な事は 止めようと学習した。

 11月の連休は兵庫県県民局の方々の体験レッスンで始まった。5日、ドイツはDHVの クラウスさんがインストラクター基礎技術研修会の講師で岩屋にやって来た。 昨年11月のパフォーマンストレーナーの試験では50名受けて合格は6名と厳しかった。 6日、講習場グリーンパークはフォローの風、演技種目フロントライズアップは出来そうもないのでパラを担いで講習場を登り追い風より早く斜面を駆け下りて見事にダミーに成功、岩屋をパラハイクして痛めた膝は何時の間にか治っていた。

教訓、50過ぎるとリカバリーに2週間かかる事を発見!?

 2003年秋、21世紀改革のニューウエーブがドンと押し寄せる中で迎え撃つ心は20代だが身体は50代。未だ50代の身体の使い方を理解出来ないでいる。物には限度と加減がありますと口癖だった岩手県は根室山マップス滝ケ平さんを思い出す。 決めるときに見事はずす愛すべき人と平ちゃんに言われないようにがんばります!


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