TAKの冬休み (00/01/07)


 造雪機6台を駆使して、3.7Km(標高差720M)のコースをメイクしている瑞穂ハイランドスキー場(島根県)はおそらく西日本No.1ではないだろうか。最新設備を北国のスキー場からも視察にくるとゆう。ここのスキー場でお世話になってスキースクール校長しているのが、私のオイッ子、菅井有三君。

 私が、東北学院大の4年生の時、三浦雄一郎プロにあこがれて、スノードルフィンスキーチームに入った。当時、三浦プロは志賀高原でスキースクールをやっており、そこに世話になっていた私を今は亡き私の父に連れられて、有三君が会いに来てくれた。有三君は東北学院中学の2年生だった。私に刺激されたのか、後を追うようにスキーにのめり込んでしまった。70年代、車山高原でハングとスキーのスクールをやっていた時代にはスクールを手伝ってくれた。ハングで大ケガした時は3ヵ月茅野市の病院で看病してくれ、今も感謝している。

 それから北海道テイネハイランドの三浦ドルフィンスキースクールで'99パラグライダー日本一となった扇澤さん達とイントラをした。私がヒマラヤをハング飛行した翌年に雪男探検で有名な尾崎啓一さんがカメラマンで同行し、ヒマラヤ、メラピーク6200mをスキーで滑走。オフシーズンの長いスキーで生活するのはきびしい現実があり、私の影響でスキー業界に入り込んでしまった、有三君の事はずっと気がかりだった。今回、正月明けに、やっととった冬休みで10年ぶりに雪の上で会えて、スキースクールをまかされ立派に運営しているのを目の当たりにし、正直、安心しました。

記念撮影1 記念撮影2

 なによりびっくりしたのは、スキーにやっと興味を持った隆大(4歳)、翔大(6歳)を、いきなりリフトに乗せてスキーを教え、一日でスキーが滑れるようにしてしまった、技に感動。おもわず『おまえも、プロになったなぁー。』と、ほめてやった。10年前にオキナワ出身の尚子さんと結婚。琳太郎君(8歳)と朝日君(5歳)を引き連れてのスキー場生活。

 オフシーズンは仙台。冬は島根。琳ちゃんは小学2年生。冬の学校は1クラスたったの5名。雪がとけて仙台に帰ると1クラス37名の4クラス。同じOutdoor Sportsを仕事にする境遇にある有三ファミリーとTAKファミリーは子供も同じぐらいなので話がはずむ。子供達も話がはずむと言うより4人仲良く遊ぶ。

 隆大がアイスバーンでうまく滑れない。翔大のおさがりのブーツが浅くふんばりがきかない。4歳ながら道具が悪いのには、うすうす感じていて、おこって、スキーもブーツも雪の上になげつけた。帰りのゴンドラの中で、8歳の琳ちゃんが、

 『隆ちゃん、ぼくも小さい時、UFOキャッチャーでとってもらった、おもちゃが気に入らないので、4つもドブになげちゃった。今、思えば、どうしてそんな事したんだろうなぁと思うんだ。あんな事してはだめだよ』と、4歳の隆大に優しく話かけていた。COOL。

 2日間の冬休み。ほんわかした余韻を残して青垣にもどった。

レッスン1 レッスン2 一人で滑る
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